債権譲渡予約の債権者による供託金取戻しが否定された事例
金銭貸付や商事取引を行うとき「債権譲渡の予約」を締結するケースが少なくありません。将来、弁済が滞ったときに備えて債権を譲渡させる約束をしておくのです。
ただ債権譲渡の予約をしていても、債務者が別の取引先に二重で債権譲渡してしまう可能性があります。
そんなとき、第三債務者が「債権者不確知(誰が債権者かわからない)」で弁済を供託したら、債権譲渡を予約していた債権者は供託金を取り戻せるのでしょうか?
今回は、債権譲渡予約が行われた後に二重で債権譲渡が行われた事例において、債権譲渡予約を登記した債権者による供託金取戻請求権が問題となった裁判例をご紹介します(東京地方裁判所 平成21年9月29日)。
1.本件の概要
本件では、「債権譲渡の予約」によって貸付金を担保した債権者が供託金を取り戻せるのかが争われました。
債権譲渡の予約と二重譲渡
原告はA銀行、被告は物流会社Bです。
A銀行はB社に貸付を行うときB社のC社に対する債権を担保とし、債権譲渡契約(予約)を締結しました。その際、A銀行は債権譲渡の登記も経由しています。
その後B社はD社に対しても同じ債権を譲渡し、D社も債権譲渡の登記を行いました。さらにEにも債権譲渡が行われ、EはCへ確定日付のある郵便で債権譲渡通知を送付しました。
Cによる弁済の供託
このようにA銀行、D社、Eという3者へ債権が譲渡されて登記や通知が行われたため、第三債務者Cは誰に弁済してよいかわからない状態(債権者不確知)となり、Cは法務局へ弁済の供託を行いました。
供託金を受け取れなかったA銀行が提訴
供託金を取り戻したのはEです。EはD社の承諾を得て供託金を取り戻し、一部をD社へ支払って受け取ったお金を分け合いました。
何らの弁済を受けられなかったA銀行は当然納得できません。そもそも債権譲渡の登記を行ったのはA銀行が一番先であり、A銀行がもっとも優先されるべきと考えました。そこでA銀行が供託金を受け取ったD社とEに対して「不当利得返還請求訴訟」を提起したのが本件の概要です。
債権譲渡の対抗要件について
本件のように債権が複数の債権者に譲渡された場合、原則として「対抗要件」の先後によって優先順位を決定します。
債権譲渡の対抗要件には「登記」と「確定日付のある債権譲渡通知」の2種類があります。
本件の場合、A銀行の登記がもっとも早く、次いでD社の登記、3番目がEによる確定日付の通知といった順序なので「A→B→C」の順序となるのが原則です。
以上を前提に、本件の争点や裁判所の判断内容をみていきましょう。
2.本件の争点
A銀行とB社の間に債権譲渡契約が成立したか
まずはA銀行とB社との間に「そもそも有効な債権譲渡契約が成立したか」が争われました。
A銀行は、契約書を作成して登記もしているので当然「契約は有効」と主張。
これに対し被告ら(D社とE)は、「確かに契約書は作成されているが、以下のような事情があるので無効」と主張しました。
- A銀行は日常的にB社から代表者印を預かって押印することが多々あった
- 契約書には間違ったふりがなが記載されており、B社の意思によって作成されたものとはいえない
A銀行に供託金取り戻し請求権が認められるか
2つ目に争点となったのは、A銀行による供託金の取戻請求権の有無でした。
債権譲渡の予約は「将来、債務者が支払いを遅滞したときに備えて債権譲渡を行う契約」。たとえ債権譲渡予約が適正に成立したとしても、B社がA銀行への債務について支払いを遅滞するまでは、A銀行は権利行使できません。きちんと弁済を続けている限り、債権譲渡を実行する根拠がないためです。
本件でもC社が供託した時点において、B社はA銀行へ遅滞していませんでした。
被告らは、供託時にA銀行とB社との間の債権譲渡が現実化していなかったためA銀行には供託金を取り戻す権利が認められないと主張しました。
3.裁判所の判断
上記の争点について、裁判所の判断は以下のとおりです。
A銀行とB社の債権譲渡契約は成立している
1つ目の争点である「債権譲渡契約の成否」について、裁判所は「契約は有効に成立している」と判断。理由は以下の通りです。
- 契約書にはB社の代表者の実印で押印されているので、契約書が真正であることが法律上、推定される
- A銀行がB社の実印を日常的に預かっていた証拠はない
- ふりがなが誤っているからといって契約書の真正についての推定は覆らない
A銀行はD社やEに優先する登記を備えている
A銀行はD社やEより先に債権譲渡の登記をしているので、D社やEに優先して債権を受け取れる権利を取得したことも認められました。
A銀行に供託金の取り戻し請求権は認められない
ところが裁判所は、A銀行による供託金取り戻し請求権については否定。理由は以下の通りです。
A銀行とB社の債権譲渡予約契約では、B社が支払いを遅滞して期限の利益を喪失した場合にA銀行が権利行使できると定められている
A銀行とB社との債権譲渡予約契約は、B社がA銀行への支払いを遅滞したとき(期限の利益を喪失したとき)に備えて締結されたものです。B社が遅滞しない限りA銀行が権利行使する理由はないので、遅滞しない限りはB社自身が債権を回収し自由に譲渡したり処分したりできることになります。
本件で供託が行われたとき、B社はA銀行への支払いを遅滞していない
本件でC社が供託を行った時点では、B社はA銀行へ支払いを遅延していなかったので、A銀行とB社の債権譲渡予約契約は現実化していなかったといえます。つまりA銀行は債権を取り立てることができず、同様に供託金を取り戻すこともできません。
以上のように、債権譲渡の予約は有効に成立しているけれど、A銀行の権利が現実化する要件が満たされていないためにAが銀行の主張には理由がないものと判断されました。
判決により、A銀行による不当利得返還請求は棄却されています。
4.本件から学べること
本件では、「債権譲渡予約」を行って対抗要件を備えても、供託が行われた時点で「期限の利益」が失われていなければ、債権者は結局権利行使できない、と判断されています。
一般的に債権譲渡の予約をして登記を備えたら、「この後他の債権者に二重譲渡されても自社が優先するだろう」と考えて安心するでしょう。しかし本件の裁判例によると、実際に二重譲渡が行われたとき、「供託時点」において遅延が発生していなければ劣後するはずの「後の債権者」に優先されてしまう可能性があります。債権譲渡の予約は担保として「万能」とはいえず、過信すべきではありません。
取引先や貸付先の経営状況に不安があるとき、債権譲渡の予約をしてきちんと対抗要件を備えていても、債権回収できなくなるリスクが残ることは知っておくべきといえるでしょう。
債権譲渡に関してはさまざまな争点があり、裁判例も多数出ています。これからも参考となるケースをご紹介していきますので、これからもぜひお読みください。