譲渡禁止特約つきの債権が譲渡された場合の効力について判断された裁判例
資金繰りに窮した企業がファクタリングを利用する際、「譲渡禁止特約」がついている債権まで譲渡の対象にしてしまうケースがあります。
譲渡禁止特約がついている債権が譲渡された場合、債権譲渡契約は有効となるのでしょうか?
今回はファクタリングを利用した会社が破産し、就任した「破産管財人」が「譲渡禁止特約つきの債権譲渡を無効」と主張して、ファクタリング会社へ不当利得返還請求を行ったケースの裁判例をご紹介します(東京高裁平成16年10月19日判決)。
1.譲渡禁止特約とは
本件で譲渡の対象となった債権には「譲渡禁止特約」がついていました。
譲渡禁止特約とは、債権者と債務者との間で「債権譲渡してはならない」と取り決める約束です。譲渡禁止特約のついた債権を譲渡しても、当事者間では互いに債権譲渡の効力を主張できません。
ただし譲渡禁止特約についてまったく知らない第三者に対してまで債権譲渡が無効とされると、第三者は不測の損害を被ってしまうでしょう。
そこで第三者が譲渡禁止特約について知らなかった場合や重過失がなかった場合には、第三者に対しては譲渡禁止特約の効果を主張できません。
つまり譲渡禁止特約がついている債権が譲渡された場合、「第三者が譲渡禁止特約を知っていたか、あるいは知らなかったことに重過失があったか」が問題となります。
知っていた場合や重過失があった場合には債権譲渡は無効となり、一方で知らなかったり重過失がなかったりすると債権譲渡は有効です。
以上を前提に本件の裁判例をみていきましょう。
2.本件の概要
本件の控訴人はファクタリング会社で、被控訴人は譲渡会社の破産管財人です。
かつて、ファクタリング会社と譲渡会社はファクタリング契約を締結し、譲渡会社の請負債権をファクタリング会社へ譲渡しました。
ところがその請負債権には譲渡禁止特約がついていたのです。
破産管財人は、ファクタリング会社が「譲渡禁止特約について知り、あるいは重過失があったから債権譲渡は無効」として支払われた請負代金の返還を求めました。
1審はこの主張を認容して不当利得の返還命令を下したため、不服を抱いたファクタリング会社が控訴した事案です。
ファクタリング会社は、以下のような理由により「譲渡禁止特約は無効(つまり債権譲渡は有効)」と主張しました。
- 本件債権の債務者は公共団体や大手企業であるのに対し、譲渡会社は零細企業である。公共団体や大手企業の利益が零細な譲渡企業の利益に優先されるのは不合理なので、譲渡禁止特約は無効である
- そもそも譲渡会社は自ら譲渡禁止特約に違反して債権譲渡を行っている。そのようなものが、自ら「譲渡禁止特約があるから債権譲渡は無効」と主張するのは禁反言の原理からして認められない
- 譲渡会社の破産管財人も譲渡会社の代理人のようなものであるから、やはり禁反言の原理により債権譲渡の無効を主張できないはずである
3.裁判所の判断
東京高裁は、以下のように述べてファクタリング会社の控訴を棄却しました。
3-1.債務者が公共団体や大手企業である点について
本件で控訴人は「譲渡対象となった債権の債務者が公共団体や大手企業であり、譲渡会社が零細企業なので譲渡禁止特約は無効」と主張しています。
しかし裁判所は、このような事情があったとしても「譲渡禁止特約が無効」とはいえないと判断しました。確かに民法やその他の法律をみても控訴人が主張するようなルールを定めるものは存在しないので、当然の判断といえるでしょう。
3-2.破産管財人が譲渡禁止特約を主張することが禁反言によって制限されるか
本件で控訴人は「譲渡会社が自ら譲渡禁止特約違反をして債権譲渡したにもかかわらず、破産管財人が譲渡禁止特約を主張するのは禁反言によって制限される」と主張しています。
しかし裁判所は以下のように述べてこの主張も排斥しました。
- そもそも破産手続きの目的は、破産者の財産を公平に債権者へ分配することである
- 破産管財人は裁判所から選任され、公正な第三者の立場から破産者の財産を換価、配当する責務を負う
- 破産管財人は破産者の代理人ではないので、破産者が禁反言によって譲渡禁止特約の無効を主張できないとしても、破産管財人は主張できる
つまり破産管財人は破産者(譲渡会社)の代理人ではなく別個の機関として活動するものなので、譲渡会社が禁反言の制約を受けるとしても破産管財人には影響しない、と判断されたのです。
3-3.ファクタリング会社に重過失が認められる
さらに裁判所は、控訴人であるファクタリング会社には譲渡禁止特約について「重過失」が認められるとも認定しました。理由は以下のとおりです。
- 控訴人は金銭貸付や手形割引、ファクタリング業務などを目的とする会社であり、売掛過失割合債権担保融資システムについての特許も取得していた
- 控訴人のホームページ上で、「譲渡禁止特約がついていると売掛債権担保融資が困難となる」と説明していた
- 控訴人は、債権譲渡を行う際に譲渡禁止特約に関するトラブルに巻き込まれないように対処すべきと指摘し、その具体的な対処方法を紹介していた
- 控訴人は、過去に請負債権に譲渡禁止特約がつけられた事例を経験しており、社員も譲渡禁止特約についての問題意識をもっていた
こういった事情から、控訴人は「譲渡禁止特約について知っていたか、知らなかったとしても重過失がある」と認定されたのです。
そこで控訴人は譲渡禁止特約が無効であると破産管財人に主張できず、破産管財人による請求が認められました。
4.本件から学べること
本件では「譲渡禁止特約」つきの債権がファクタリングの対象となったときの効力が問題となっています。
1つ目に重要な点は、譲渡会社が破産したとき「破産管財人は譲渡会社とは異なる別個の立場になる」と判断されたこと。譲渡会社自身は譲渡禁止特約を主張できなくても、破産管財人はこれを主張して支払われたお金を取り戻すことができます。
次に重要なのは、ファクタリング会社の重過失が認められた点。このことから、ファクタリング業者などの「債権譲渡に詳しい業者」が債権譲渡を受けたら「重過失」が認められる可能性が高いといえるでしょう。
そうなると、ファクタリング会社は譲渡禁止特約が無効であると主張できず、本件のように破産管財人からの請求に応じざるを得なくなります。
ファクタリング会社としては、譲渡禁止特約つきの債権を譲り受けると極めて高いリスクが発生するので、そういった債権を対象にしてしまわないように注意すべきといえます。
たとえば本件で対象とされた「官公庁や公共事業の債権」の場合、二重譲渡や暴力団関係者への譲渡などを防ぐため、一般的に譲渡禁止特約がつけられるケースが多数です。日本建築学会などが発行していて一般的に使われることの多い「工事請負契約の契約約款ひな形」にも譲渡禁止特約がつけられています。こういったことに「気づかなかった」と主張しても、認められない可能性が高いでしょう。
今後、債権譲渡やファクタリングを行う際の参考にしてみてください。